なぜかパリの空の下

国際関係の修士を取ろうと思い立ち、気が付いたらパリにいました。

ブリュッセル – EUの光と影

f:id:hitomi-at-paris:20180112210752j:plain

ルネ・マグリット「光の帝国」(マグリット美術館HPより)

ブリュッセルといえば、ヴィクトル・ユーゴをして世界一美しい広場と言わしめたグランプラス、ビールにフライドポテト、チョコレートにワッフル。きらびやかなイメージを持っている方も多いのではないでしょうか。

秋学期は、縁がありベルギーのブリュッセルでインターンをしていました。私自身、冒頭のイメージを胸にワクワクして引っ越したのですが、そんな想いはあっという間にブリュッセルの霧の彼方。どう間違ってもそんなキラキラした可愛らしいトコロではありませんでした。光があるところには、影がある。きらびやかな観光地を一歩出たところに広がるのは、ブリュッセルの別の顔。EUの光、そして影でした。

ブリュッセルの別の顔、光

ブリュッセルはEUの(実質的)首都です。観光でくるとあまり気が付かないのですが、観光エリアを一歩出て東側にいくと、ヨーロッパエリア(Quartier européen)という地区が広がっています。グランプラスから直線距離でわずか数キロ。徒歩15分。EUの主要機関である、欧州議会、欧州委員会(通称ベルレモン)、欧州連合理事会、とその関連オフィスが集中しています。近隣の住宅地も、EUの職員が多く住んでおり、ヨーロッパ中から欧州エリートが集まっているエリアといっても過言ではありません。ブリュッセルの公用語はフランス語とオランダ語ですが、このエリアでは英語が聞こえる頻度が圧倒的に高いことに気が付きます。

また、近隣にはEUに対するロビー活動を行う業界団体やNPOがたくさん集まっているのも大きな特徴です。私が働いていた団体もその一つで、欧州における人種差別のリサーチ・政策提言をEUに対しておこなっていました。こういった団体は、各加盟国における業界もしくは市民団体の声をEU政治に反映する、という橋渡し的な役割を担っています。

そして、彼ら、EUで働く職員、政治家、各団体のメンバーの多くは、欧州連合という夢を信じる「恵まれた」人々である、というのが正直な感想です。それぞれの国で一握りのエリート達が、それぞれキャリアを邁進しにブリュッセルに集まってきている。この辺りは家賃も高いですし、ランチの値段も高い。毎朝このヨーロッパエリアのど真ん中を自転車で爆走して通勤していたのですが、道行く人たちの身なりや立ち振る舞いは、金銭的にも精神的にも豊かな人のものでした。

f:id:hitomi-at-paris:20180112211022j:plain

ヨーロッパエリアにある”THE FUTURE IS EUROPE”と描かれた30m×20mの巨大ウォールアート。EUの光輝く理想を象徴するようです。 

ブリュッセルの別の顔、影

しかし、これまた観光でくるとわからないのですが、そのヨーロッパ地区の真横には、通称Matonge(マトンゲ)と呼ばれるエリアがあります。ルイーズ・ワーテルロー大通り(ルイ・ヴィトンやアップルストアが並ぶ、いわゆる銀座の表通り的な通り)とヨーロッパ地区に直角に挟まれた0.6km×1kmほどのエリアなのですが、初めて一歩足を踏み入れた時、はたしてどこに来てしまったかと驚きました。道行く人はすべてアフリカ系、アフリカ系床屋に、アフリカ系スーパーマーケット。お店の看板もまったく読めません。ベルギー(レオポルド2世)の植民地統治はその非道さで悪名高いのですが、このマトンゲは植民地だったコンゴからの留学生が移住してきたことから始まったエリアです。(ちなみに、マトンゲというのも、コンゴの首都キンシャサにある地区の名前から来ています。)

ブリュッセルにはこの他にも、トルコ系地区(特にSchaarbeekスカラベーグのChausée de Haechtアウシュト通りはもはやトルコのようで、モスクもあり、もちろんここも看板はトルコ語で書かれているので読めません)やパリ同時多発テロ(2015年)の犯人の出身地として有名になったMolenbeek(モレンベーク、ここはもう少し新しいイスラム系移民が多いです)が存在します。

彼らは、古くは戦後の契約労働者として(ベルギーは、第2次世界大戦後、モロッコ・トルコを含む6か国と二国間協定を結び、戦後の復興の人手不足をおぎなうため多くの単純労働者を受け入れました)、または近年のアジア・中東における紛争を逃れて、やってきた人々です。安全やより良い生活を求めて、もしくはせめて子供達には同じ思いを味わわせたくない、という希望をもってやってきた人たちです。

そして、彼らの多くが差別や経済格差に苦しんでいるのがブリュッセルの偽らざる現状です。例えば、昨年末発表されたある調査では、アフリカ系住民のうち、60%が高等教育を修了している(ベルギー平均より高い)にも関わらず、失業率がベルギー平均の4倍にものぼる、という結果が出ています。あるいは、モレンベークやスカラベークの若年層失業率は20~30%で、中にはイスラム過激派に希望を見出す若者もおり、その結果、これまでシリアに渡ったイスラム過激派の対人口比率はベルギーが西洋諸国で最も(抜きんでて)高いといわれています。 

光と影が同居する街、ブリュッセル

ブリュッセルが街として興味深いのは、新しい住民や移民の多くが街の中心部に住んでいるということです。(例えばパリはこの逆で、バンリューと呼ばれる郊外に多く移民が住んでいます。)裕福なベルギー人は中心部から離れたエリアに住んでいることも多いため、結果、観光地をのぞいた中心部には、ヨーロッパエリアと移民エリアが肩を寄せ合って存在することに。そして、このエリア間の行き来は驚くほどなく、一本道を渡ると、歩いている人がガラッと変わるさまは、驚きを通り越して衝撃的です。

EUが抱える問題の一つは間違いなく移民問題であり、その社会構造が抱える差別や経済格差です。その問題が顕著なエリアに隣接しながらも、その目の前の格差には目もくれず、政治ゲームや自らのキャリアを邁進するエリートたちを見るにつれ、EUの矛盾が溢れ出ているようにみえてなりませんでした。

ベルギー出身の画家ルネ・マグリットには「光の帝国」という作品があります。昼と夜が同居する不思議な絵ですが、EUの光(昼)と影(夜)が交わることなく同居するブリュッセルは、まさにこの絵のようです。

 

(参考記事)

www.rtbf.be

www.washingtonpost.com